ドイツ旅行記(5)

クライミングには、大きく分けるとボルダーとルートの2種類があるそうです。
こちらが最低限の道具で登るボルダリング。

ボルダリング

下の写真が、この度のツアーで大ちゃん達がやっているルートクライミング。
ロープを使って高い岩に登ります。

ルート

クライマー(登る人)とビレイヤー(地面でロープを確保する人)はロープで繋がれていて、
つまり、命を預け合っています。
ビレイをするスペースも崖上だったりして、決して安全ではなく、ハラハラドキドキです。
でも、見ていると、相手の動きや周りの環境などをよく観察しているのです。
結果、動作に工夫があり、気遣いも細やかで慎重です。
その信頼関係に感心せざるをえません。

夕食時に皆でいろいろなお喋りをするのですが、本当にみんなしっかりしていて、
自分の意見、自分の考え、自分の生き方を持っており、
「行動している人達」は、素晴らしいなぁと、夜も夜で感心する毎日です。
やっぱりロマンのある生き方をしている人達は素敵!

岩場

岩場2

そして、岩場も魅力的!
空と、そこに向かって突き出ている岩と、寄り添うように生えている木々を眺めているだけでも、
エネルギーを沢山貰えます。

コメント

  1. 岩村ゆかり より:

    今日は木枯らし1号とか、晴れましたが
    とても寒い1日となりました。
    沢山の美しい写真をありがとうございます。
    小学校の間一度も校庭のうんてい
    を最後まで到達できなかった私は、岩をよじ登る世界からひたすら興味ない振りをして今にいたりますが、、
    今長い時間写真を魅入っております。何を思いながら登るのか、、不思議な不思議な世界です。
    自分と向き合うのか、何も考えずにいられるのか、目の前は壮大な景色に向かう前の岩肌のみ、、
    ちょっと息が詰まっちゃいました。
    又お話しが聴ける日を楽しみにしています。
    楽しい旅を続けてください。

  2. miori より:

    岩村さん、そちらも寒いのですね。
    こちらは昨日夕方から雪が降って朝は白銀の世界でした。

    そうですよねー、どうしてそんなに大変な思いをして登るのだろうと私も思ってしまいます。
    でも、ご本人達も「どうして登るんだろう?」と毎日思いながら出かけているような気がします。

    彼らを見ていると、いつも高村光太郎の詩を思い出します。
    まったくもってこの詩の通りの人生を歩みながら、
    生きることに必要な全てを学んでいるような気がします。

    以下が原型の全文だそうです。良かったら読んでみて下さいね。

    道程

    どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
    僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る
    道は僕のふみしだいて来た足あとだ
    だから
    道の最端にいつでも僕は立つてゐる
    何といふ曲りくねり
    迷ひまよつた道だらう
    自堕落に消え滅びかけたあの道
    絶望に閉ぢ込められかけたあの道
    幼い苦悩にもみつぶれたあの道
    ふり返つてみると
    自分の道は戦慄に値ひする
    四離滅裂な
    又むざんな此の光景を見て
    誰がこれを
    生命(いのち)の道と信ずるだらう
    それだのに
    やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
    そして僕は此処まで来てしまつた
    此のさんたんたる自分の道を見て
    僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
    あのやくざに見えた道の中から
    生命(いのち)の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
    これこそ厳格な父の愛だ
    子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
    たうとう自分をつかまへたのだ
    恰度そのとき事態は一変した
    俄かに眼前にあるものは光を放出し
    空も地面も沸く様に動き出した
    そのまに
    自然は微笑をのこして僕の手から
    永遠の地平線へ姿をかくした
    そしてその気魄が宇宙に充ちみちた
    驚いてゐる僕の魂は
    いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
    僕は武者ぶるひをした
    僕は子供の使命を全身に感じた
    子供の使命!
    僕の肩は重くなつた
    そして僕はもうたよる手が無くなつた
    無意識にたよつていた手が無くなつた
    ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
    自分の全身をなげうつのだ
    僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
    かなり長い間
    冷たい油の汗を流しながら
    一つところにたちつくして居た
    僕は心を集めて父の胸にふれた
    すると
    僕の足はひとりでに動き出した
    不思議に僕は或る自憑の境を得た
    僕はどう行かうとも思はない
    どの道をとらうとも思はない
    僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
    その間に花が咲き水が流れてゐる
    石があり絶壁がある
    それがみないきいきとしてゐる
    僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
    しかし四方は気味の悪い程静かだ
    恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある
    寂しさはつんぼのように苦しいものだ
    僕はその時又父にいのる
    父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる
    同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
    声をあげて祝福を伝へる
    そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
    僕の眼が開けるに従つて
    四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
    生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや這ひまはつて居るのもみえる
    彼等も僕も
    大きな人類といふものの一部分だ
    しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
    人間は鮭の卵だ
    千万人の中で百人も残れば
    人類は永久に絶えやしない
    棄て腐らすのを見越して
    自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
    腐るものは腐れ
    自然に背いたものはみな腐る
    僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
    もつと此の風景に養はれ育まれて
    自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
    子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
    ああ
    人類の道程は遠い
    そして其の大道はない
    自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
    歩け、歩け
    どんなものが出て来ても乗り越して歩け
    この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
    僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る
    ああ、父よ
    僕を一人立ちにさせた父よ
    僕から目を離さないで守ることをせよ
    常に父の気魄を僕に充たせよ
    この遠い道程のため